アメトーーク20170212「相撲大好き芸人」感想とネタバレ!

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2017年2月12日に「日曜もアメトーーク!相撲大好き芸人」が放送されました。

輪島・千代の富士・若貴・朝青龍から稀勢の里まで 相撲ツウが語る(秘)エピソードが語られます。

今回のメンバーはナイツ塙さん、デーモン閣下、はなわさん、山根千佳さん、サバンナ八木さん、あかつさん、キンボシ西田さん。ゲストはブラックマヨネーズ小杉さん。アンタッチャブル山崎さん、DJ KOOさんです。

今回の放送を見た感想やネタバレです。

まだ放送を見ていない方はご注意ください。

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この相撲大好き芸人の企画は稀勢の里が横綱昇進前だったので、この収録はすごいタイミングだと塙さんがまず熱く語ります。

この収録の前日が稀勢の里の横綱伝達式、収録翌日に明治神宮での奉納土俵入りというタイミングでした。

デーモン閣下は輪島が好きで、相撲にハマるきっかけになったのが輪島だったそうです。

輪島は破天荒で、学生相撲出身で入ってきたから髪の毛が伸びていなくて髷が結えなかったので、勝手にパーマかけて親方にめちゃくちゃ叱られたそうです。また友人宅にお邪魔したとき、冷蔵庫のものなんでも食べていいよと言われ、コンビーフと間違え、キャットフードを食べていた。それはキャットフードと言われた後も美味しいと3缶食べてしまったそうです。

塙さん兄弟は小学校の頃、千代の富士の53連勝がストップしたときは二人で泣いてしまったそうです。

そして横綱の名場面一気見せで印象深かったのは当時18歳の貴花田が千代の富士に引退を決意させた一番、平成3年5月場所の千代の富士ー貴花田ですね。老いた虎が若い虎に倒される野生の世界を見るようでした。

その2日後に千代の富士が引退を表明「体力の限界」という一言が印象に残りました。

誰にでも訪れる限界の時、どんな風に迎えるのか考えてしまいました。

翌年、19歳で貴花田は史上最年少で優勝。相撲の新時代の到来でしたね。空前の若貴フィーバーを巻き起こしました。その後65代横綱の貴乃花になりました。

そして66代の横綱となる若乃花。平成7年11月優勝決定戦。若乃花が大関時代に優勝決定戦の相手となったのが弟の貴乃花。通常同部屋同士の取り組みはありませんので、優勝決定戦で初の兄弟対決が実現しました。このケース以外ではこの2人が対決する機会はありませんので極めてレアな取り組みでした。

結果は若乃花が貴乃花を下し、兄弟対決を制し優勝。弟から遅れること4年、兄の若乃花も横綱に昇進しました。

67代横綱の武蔵丸。平成11年5月場所の千秋楽で初の外国人横綱だった曙と対戦しましたが、この二人の巨漢の対決は迫力がありました。まるで別の国の別の格闘技を見ているようでしたね。

68代の朝青龍から白鵬、日馬富士、鶴竜と4代続けてモンゴル人横綱が相撲界を席巻します。

特に朝青龍の強さは別格でしたね。朝青龍は大鵬を超える7場所連続優勝を達成。

そして69代横綱の白鵬は史上最多の優勝回数を誇っています。

72代横綱に19年ぶり日本人横綱の稀勢の里が昇進しましたが、まだモンゴル人横綱の勢いはとまっていません。これからどんな時代になるでしょうか。

注目の一番と言うことで取り上げられたのが、2007年の朝青龍ー白鵬。朝青龍はその前の巡業を怪我で休んだのですが、そのとき朝青龍はモンゴルでサッカーをしていたと言うことで「仮病」かと大問題になりました。巡業も相撲の仕事の1つですからね。

2場所謹慎で休んだ後、当時横綱で力をつけてきていた白鵬と朝青龍が千秋楽、優勝をかけて対戦。

休んでいたけど自分が強いと朝青龍、休んでいた間に勝っていた白鵬。

お互いのプライドをかけて激突したのがこの千秋楽、両者13勝1敗で迎えた決戦でした。

最後は豪快な上手投げで白鵬が勝利しました。

続く春場所、千秋楽で2場所続いての相星決戦。

朝青龍がリベンジを果たし、ガッツポーズ!

そしてサバンナ八木さんの取り上げた一番は・・・貴乃花の平成13年5月場所の千秋楽。

貴乃花は前日の14日(対武双山)で右足半月板損傷、相撲を取れる状態ではありませんでした。対するのは横綱の武蔵丸。まともに立ち合うこともできずに負けてしまう。

これで13勝2敗で並ばれ、優勝決定戦へ。

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支度部屋でも皆、欠場を促しますが、貴乃花は強行出場。再度、武蔵丸と対戦。鬼の形相で勝ち、優勝。

そして有名なあのシーン、小泉首相(当時)が「痛みに耐えてよく頑張った。感動した!おめでとう!」

横綱のエピソード

曙は外国人横綱で強かったのでヒールというイメージだったそうですが、実は優しいところもあり、キンボシ西田さんによると、温泉宿で坊主頭の少年が落ち込んで泣いていた。高校野球の3年生で、その少年のスクイズ失敗で試合に負けてしまったと。曙は「負けて覚える相撲かな」という言葉があると元気付けたそうです。数年後、その少年にあったのですが、実はその少年は後のメジャーリーガーのイチロー選手だったとのことです。

はなわさんが武蔵丸の「首が痛い」とモノマネしてましたが、似てるんですかね?

デーモン閣下によると、武蔵丸が手首を手術した際に皮下脂肪が厚いから麻酔ができないということでしたが、でも治すために麻酔無しで手首の手術をしたそうです。すごい根性ですね。聞くだけで怖いです。

キンボシ西田さんは横綱白鵬と親しいそうで、先日稀勢の里に負けた日に一緒に飲みに行ったそうです。

そこで白鵬は負けたのは悔しいけど、4横綱時代でワクワクすると語ったとのことです。

一強ではなく、自分が負けるかもしれないライバルが多い方が逆に燃えるということなのかもしれないですね。そんな白鵬に驚くべき秘話があるといいます。

モンゴルから15歳の頃に7−8人で来日した際、親方たちに白鵬だけスカウトされなかったそうです。理由は当時体重が60kgしかなかったそうです。

力士になる人たちは普通、中学卒業時点で抜きん出て大柄でしょうから60kgというのはかなり軽い方ですね。しかしわざわざ日本に来るくらいですから素質はあったのだと思いますが。

帰りのチケットまで渡されて、翌日帰ろうとしたときの当時、旭鷲山というモンゴル出身の力士がスカウトした方がいいと助言したそうです。

理由は白鵬の父親はモンゴルでは大横綱で、日本で言えば長嶋茂雄さんのようなスーパースターだったから。モンゴルの歴史の中で初めてオリンピックでレスリングのメダルを取った人だそうです。

特にレスリングが専門だったわけではないのにメダルを獲得したとのこと。

もし旭鷲山の助言がなければ、白鵬は相撲界に入らず帰国していたかもしれなかったと。

なぜ旭鷲山が白鵬を助けたかというと、旭鷲山が子どもの頃、貧しかったときに、大会のVIP席にあるパンを見ていた。するとある少年がパンをくれた。のちにその話をすると白鵬が「僕がパンをあげたのはあなただったんですね」と。実は白鵬がその少年だったとのこと。白鵬のお父さんはVIPなので白鵬もVIP席にいたらしいです。うーん、縁というのはあるんですね〜。

稀勢の里は若い頃からずっと期待されていて、貴乃花のスピード出世の第2位が稀勢の里。10代で幕内まで上がってきていた。中学時代は野球部のピッチャーでプロ注目の選手だったそうです。

横綱になると待遇が全て変わる。付き人が7−10人以上に増える。横綱の綱はしめ縄と一緒で神事の神になるという意味が込められている。

稀勢の里はスピード出世の後、かなり苦労しながらやっと横綱に昇進しました。この特別な地位について4横綱時代になり、白鵬が言うようにこれまで以上に混戦が予想されます。

一般的に4横綱時代は長続きしないと言われていますが、大相撲史上に残る時代になるのか注目したいですね。

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